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札幌高等裁判所 昭和29年(う)405号 判決 1956年4月26日

主文

原判決を破棄する。

被告人佐々木秀雄を懲役四月に、被告人泉光雄、同佐藤博吉を各懲役三月に処する。

この裁判確定の日から一年間右各刑の執行を猶予する。

理由

本件控訴の趣意は、検察官検事塚谷悟作成名義の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、弁護人佐伯静治提出の答弁書記載のとおりであるから、いずれもこれをここに引用する。

右控訴趣意(事実誤認、法令の解釈適用の誤)について

原判決が被告人佐々木秀雄、同佐藤博吉、同泉光男の原審第一回公判調書中の各供述記載、同被告人等の検察官に対する各供述調書(被告人泉光男については第一、二回)、原審証人川田吉次郎、同田川喜一郎、同山田好夫、同佐藤四郎、同大平国雄、同林幸夫に対する各尋問調書、大平国雄および川田吉次郎の検察官に対する各供述調書ならびに中斗関係綴中、中斗指令第七号(原審検第一号)、古河雨竜炭砿労働組合執行委員長佐藤四郎より雨竜砿業所長佐々木巖夫に対する実力行使申入の件と題する書面、検察官堂ノ本武外二名作成の検証調書の各記載を総合して認定したところの事実は、本件公訴事実と同趣旨(但し保安要員の制止に応じなかつたとの点を除く)の事実すなわち

日本炭砿労働組合(以下炭労と略称する)は、昭和二七年八月頃から、日本石炭砿業連盟(以下日砿連と略称する)との間に、同年一〇月以降の賃金改訂要求を掲げて団体交渉に入つたが、交渉がまとまらなかつたため、同年一〇月一三、一四日の二日間、四八時間同盟罷業を行い、更に同月一七日から無期限同盟罷業に入つたこと、被告人等三名は、いずれも右日砿連に加入している古河鉱業株式会社雨竜砿業所(以下単に会社と略称する)に勤務し、同会社労務者を以て組織する炭労傘下の炭労古河雨竜炭砿労働組合(以下単に組合と略称する)所属の組合員であつて、同組合において前記同盟罷業の一環として炭労中斗委の指令に基き、会社との間に、前同日無期限同盟罷業に入るや、被告人佐々木は、同組合の副執行委員長として、被告人泉は、同執行委員長兼寮連合自治協議会会長として、被告人佐藤は、同副会長として、それぞれ右組合における該争議を指導する立場にあつたこと、同年一二月一日、会社が雨竜郡沼田町字浅野第三所在の貯炭ポケツト内の貯炭を、石炭専用貨車(セキ)三車により送炭し、更に翌二日早朝、同所においてセキ二車に、石炭を積載、送炭準備をしたことを知つた被告人等は、直ちに常任執行委員田川喜一郎外五名の組合員と同組合事務所内で協議し、その結果右送炭を阻止するため、実力を以て該貨車開閉弁を開放して同貨車に積載せる石炭をその場に落下させようと共謀したこと、これに勢たち、被告人等は、右田川外三名と同日午前八時三〇分頃、前記貯炭ポケツトに到り、被告人佐々木は、該貨車の傍にあつて車票の有無を点検し、被告人佐藤は、同セキの一車に、被告人泉は、同セキの他の一車に、それぞれ乗り上つて、各同貨車の開閉弁を操作して開放し、会社が、送炭のため、右ポケツト岐線上の右セキ二輛に積載しておいた石炭約六〇屯を、同所線路上に落下させて、その送炭を不能ならしめたこと。

であつて、以上の事実は前顕証拠によつて優に肯認することができる。してみると、かように貨車の開閉弁を開放し石炭を落下せしめて会社の送炭業務を不能ならしめた被告人等の右行為は、一応刑法第二三四条所定の威力業務妨害罪の構成要件を充当するものとした原判決の判断は相当であるといわねばならない。けだし、同法条にいう「威力ヲ用ヒ」とは、一定の行為の必然的結果として、人の意思を制圧するような勢力を示せば足り、必ずしも、それが直接現に業務に従事している他人に対してなされることを必要としないからである。

所論は、原判決が被告人等の右行為を以て労働組合法第一条第二項にいわゆる争議権行使の正当性の範囲を逸脱しないものであると判断して被告人等に対し無罪を言渡したのは事実を誤認し法令の解釈適用を誤つた擬律錯誤の違法があるというにある。

そこで、被告人等の右行為は、労働組合法第一条第二項にいうところの正当な争議行為であるか否について按ずるに、前顕証拠に当審で取調べた証拠を加えて検討すると、なるほど、つぎのような事実が認められる。すなわち

(一)  組合の本件労働争議は、賃金改訂という純然たる経済目的のためのものであり、終始炭労中斗委の指令に従い、保安維持に関しては労資双方の責任において万全を期する態度が示されていたこと。

(二)  昭和二七年九月二八日、会社と組合の加盟する古河炭砿労働組合連合会との間に、労働協約が締結され「会社は、組合の行う争議行為に対し、組合員以外の者を雇傭し、不当な妨害行為を行わない。」(労働協約書第九六条)ことを組合側に約し、同年一〇月一日から一年間これを有効としたことおよび本件同盟罷業に入つてから一〇月二三、二四日頃、最初の保安採炭がなされた際、会社と組合との間に「同盟罷業中、保安確保のために採炭した石炭は、最悪の場合山焚炭とし、なお余分を生じてもこれを送炭しない」との旨の協定が結ばれ、更に同年一一月に入つて自然発火防止と山焚炭補給のため採炭した石炭は、その四分を山焚炭とし、その六分を商品炭として貯炭ポケツトに入れることを協定した際も、同盟罷業中右商品炭は送炭しないことが口約されていたこと。

(三)  されば、会社としても昭和二七年一〇月一七日本件同盟罷業開始以後は、特別の場合を除いては事実上送炭したことなく、またその方針でいるうち、一方本社側からは何故送炭しないかと強く責められ、一方山焚炭の余分が貯炭ポケツトに一杯になつて野積みしなければならないようになる等のこともあつて、会社側としては、貯炭ポケツトには罷業前からの採掘炭があり、この送炭は右口約にも反しないと考えながらも、一応組合側の諒解を得て送炭しようとはかり、同年一一月二九日頃その交渉におよんだが、組合側としてはピケツトラインによつてもこれを阻止する態度を表明し、容易にその妥協をみるに至らなかつたこと。

(四)  かようにして組合側と本社側との間にあつてその措置に窮した会社側は、取り敢えず石炭専用貨車一七車(一車約三〇屯積)の送炭を実施することとし、まず同年一二月一日午前七時三〇分頃、当時選炭場で雑作業に従事していた一〇人程の日雇臨時夫を使用し、商品炭三車すなわち合計約九〇屯を貯炭ポケツトにおいて石炭専用貨車三輛に積込み、同日午前八時頃これを送炭したが、その際これを発見した組合側は、直ちに組合員を呼集して同ポケツト前、軌線上にピケツトラインを張り一旦は阻止の態勢に出たものの右車輛には、すでに車票がつけられており、引出しのために機関車も入つてきた折柄、鉄道側とのトラブルを避ける趣旨で余儀なくピケツトラインを解いて右送炭を見送つたこと。

(五)  その結果、時を移つさず、組合側では被告人佐々木と組合事務局大平国雄とで会社事務所において会社労務課長林幸夫と会見し、右石炭積込出炭の所為に対して抗議したところ、右林はその弁明をなすとともに、当時恵比島駅まできている空貨車一一輛については逆送して送炭しないことにするが、現に貯炭ポケツトに入つている貨車三輛のうち二輛にはすでに若干石炭が積込まれていることだから、この二輛についてだけは、積載発送を認めて欲しい旨申入れ、組合側との間にこれ等の措置につき団体交渉をもつこととなつたが、双方交渉の場所を自己側にすることを主張して同日午後九時を経過しても折合わず、そのまま解決をみないでしまつたこと。

(六)  それにもかかわらず、会社側は、前同日夜協議の結果、ともかく右二輛分だけの送炭を決意し、スキヤツプ禁止違反を避ける考慮から非組合員である職員の手で積込作業をすることとし、各部課長を主とする林幸夫外一三名が翌二日午前零時頃から二時三〇分頃までの間に右貨車二輛に合計約六〇屯の積込みを終り、新雨竜駅に連絡して同日早朝には右貨車を二輛を引出し得る手筈をととのえたが、そのためついに前認定のように被告人等が本件を惹起するに至つたこと。

等の事実が認められる。各証拠中右認定と牴触する部分は措信せず、その他右認定を左右するに足る証拠はない。

しかし、これ等の事実に、おおよそ、同盟罷業中に出荷が行われることは、会社にとつては、その営業の全過程において窮極の目的とする資金獲得の手段である販売面を可能とし、それによつて獲得された資金は、一般的にいつて会社側の自由に使用し得るところであり、これを放任することは、組合側にとつては、労働者の賃金を犠牲にするという悪条件のもとに、会社にも経済的な打撃を与えるということで、主張の貫徹をはかろうとするにほかならない争議行為本来の効果を弱められることとなり、その影響は極めて重大なものというべく、したがつて同盟罷業によつて一たび停止された出荷については、会社はそれが固有の営業権の行使であるからといつて、組合側の正当な権利行使としての争議行為によつて、事実上その出荷が阻止される場合には、その出荷阻止を受忍すべき筋合にあること、そしてまた、企業経営の一部門である出荷という作業は他の部門に比して何等の経験熟練をも必要とせず、極めて少しの労働力によつても完全に且つ容易になし得る性質のものであるから、争議中におけるスキヤツプ禁止が協定されている場合、一旦争議行為に入り、この部門から組合側の労働力が引上げられたのに対し、会社側が右協定違反を避ける趣旨を以て新に雇傭された非組合員ではないとしてその部課長等をして争議中の組合員に代置せしめることは、この範囲においては部課長がもはや部課長たることを止めて新たな労働者となつたものとみなされないでもない事情にあること等を併せ考えると、本件労働争議は、その発展の過程において従来労資双方対等な力関係のもとに比較的公正妥当な態度で行われていたにもかかわらず、争議に突入して以来四五日有余を経過する間、会社側は本社からの送炭要請に強く支配されて、敢えて送炭をしようとしたのに対し、被告人等は本件争議行為の目的達成の一環として右送炭阻止のために本件行為に出たことはこれをうかがうに十分であり、出荷を阻止すること自体は争議権の行使として、適法に行うことができるものといわねばならない。このことは送炭禁止の協定の有無により差異あるものではない。所論は又品質低下防止のための送炭であり、不当に争議行為を妨害する目的を有しないからこれが阻止は許されないと主張するが、出荷により同盟罷業の蒙る脅威の甚大であることは前段説明のとおりであつて出荷阻止により品質が低下し信用を失墜する等有形無形の損害を蒙ることは争議行為の性格から当然のことでありこれがため何等出荷阻止を違法ならしめる根拠とはなり得ない。

しかしその手段は無制限に許容さるべきものではなく、たとえその出炭が協約に反する場合といえども、いわゆる平和的説得ないし静止的、受動的実力行使の範囲にとどまるべきであつて、かかる手段では応じないからといつて本件のようにすでに積載し終つて送炭準備を完了している石炭専用貨車の開閉弁を開放することによつて、その石炭を線路上に落下放散させ終局的に出荷を阻止することは、右範囲を超えた積極的実力行使にほかならないから、もはや正当な争議権の行使とはいい得ない。このことは出荷自体につき会社側に前記協約違反があり、したがつてそれが正常の義務に属するか否によつて消長をきたすものではないと解すべきである。更にまた会社側においては、石炭専用貨車一七輛(一車約三〇屯積)の送炭計画にもとづき、すでに三輛の出炭を了した際、組合側の要求を諒として、うち一二輛についての送炭は抛棄し、残り二輛だけについては一部積載もしている行きがかり上その送炭の諒解を組合側に求め、組合側としてもこれを必ずしも絶対的に拒否したものではなく、その交渉の段階においていわば双方の面子だけで早急に妥結する機会を失つたにすぎず、しかもこの程度の送炭に止まるのであれば敢えて本件行為に出なくても、本件争議行為全体の性格からみて、必ずしも重大な影響を受けるものではないと認められなくはないし、これを阻止するにしても、なお右行為以外の方法による余地が他になかつたと認めるに足る事情も存しないことがうかがえる。かようにみてくると、被告人等の本件所為は、労働組合法第一条第二項の適用によつてその違法性が阻却されるものとは到底解されないだけでなく、その他の免責事由も認め難い。以上と異なる観点に立つて被告人等の本件行為は前記法条の適用を受ける正当な争議行為として、その違法性を阻却するものと判断した原判決は、結局事実を誤認し、法令の解釈適用を誤つて擬律錯誤の違法をおかしたものというほかなく、弁護人の答弁中この点の所論は傾聴に値してもにわかに賛同し難い。そして、右誤はもとより判決に影響をおよぼすことが明らかであるから、原判決は破棄を免れない論旨は理由がある。

よつて、刑事訴訟法第三九七条第一項、第三八二条、第三八〇条により原判決を破棄し、同法第四〇〇条但書に従い当審において更につぎのとおり判決する。

(事実)

被告人等三名は、いずれも日本石炭砿業連盟(以下日砿連という)に加入している古河鉱業株式会社雨竜砿業所(以下会社という)に勤務し、同会社労務者を以て組織する日本炭鉱労働組合(以下炭労という)傘下の炭労古河雨竜炭砿労働組合(以下組合という)所属の組合員であるところ、かねて炭労と日砿連との間に賃金改訂のための団体交渉がもたれていたがまとまらず、昭和二七年一〇月一七日無期限同盟罷業に突入した際組合も亦右同盟罷業の一環として炭労中斗委の指令にもとづき会社との間に前同日無期限同盟罷業に入るや、被告人佐々木は同組合の副執行委員長として、被告人泉は同執行委員長兼寮連合会自治協議会会長として、被告人佐藤は、同副会長として、それぞれ右組合における該争議を指導する立場にあつたが、たまたま同年一二月一日会社が雨竜郡沼田町字浅野第三所在の貯炭ポケツト内の貯炭を石炭専用貨車(セキ)三輛により送炭し、更に翌二日早朝同所においてセキ二輛に石炭を積載のうえ送炭準備を完了しているのを知つた被告人等は、直ちに常任執行委員田川喜一郎外五名の組合員と同組合事務所内で協議した結果、右出荷を阻止するため、実力を以て該貨車開閉弁を開放して同貨車に積載せる石炭をその場に落下させようと共謀し、これに勢たち、被告人等は、右田川外三名と同日午前八時三〇分頃、前記貯炭ポケツトに到り、被告人佐々木は、該貨車の傍にあつた車票の有無を点検し、被告人佐藤は、同セキの一輛に、被告人泉は同セキの他の一輛にそれぞれ乗り上つて、各同貨車の開閉弁を操作して開放し、会社が出荷のため右ポケツト岐線上の右セキ二輛に積載しておいた石炭約六〇屯を同所線路上に落下散逸させ、以て威力を用いて会社の右出荷の施行を不能ならしめて、その業務を妨害したものである。

(証拠)≪省略≫

(適条)

被告人等の判示所為は、刑法第二三四条、第二三三条、第六〇条、罰金等臨時措置法第二条、第三条に該当するので、所定刑中懲役刑を選択し、その所定刑期範囲内において被告人佐々木秀雄を懲役四月に、被告人泉光雄、同佐藤博吉を各懲役三月に処し、情状に鑑み、刑法第二五条第一項に従いこの裁判確定の日から一年間右各刑の執行を猶予し、刑事訴訟法第一八一条第一項但書に則り原審ならびに当審における訴訟費用は被告人等に負担させないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 原和雄 裁判官 水島亀松 中村義正)

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